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スペースインベーダー

ゲームレジェンドにイントルーダーとマリンウォーズ持ち込み

レトロゲーム系イベント「ゲームレジェンド26」に参加をしてアーケード筐体の展示を行ないました。(過去の参加報告は、こちら。)
毎回、80年代のあまり見ないゲーム筐体を展示しているのですが、今回はぐっと古く70年代末頃の国産ゲームである「スペースイントルーダー」(株式会社ショウエイ)と「マリンウォーズ」(豊栄産業株式会社)を2台設置してみました。

どちらも、スペースインベーダーブームを受けて急拡大したゲームセンターや駄菓子屋の隅にひっそりと置かれていた、オリジナルとは違う「模倣品」と呼ばれているものです。

スペースイントルーダー(「ショウエイイントルーダー」「イントルーダー」と表記されることもあります)は、いくつかバージョンがありますが、この小さなアップライト筐体に入っているのは白黒モニター表示で、1978年から79年にかけて作られたものです。
スペースインベーダーにとてもよく似ていますが、よく見るとキャラクターが少し違っていたり、文字がカタカナだったり、音がチープだったりと残念な点も多い亜流品です。

もちろん、あきらかにスペースインベーダーのプログラムや基板をベースに作られているので、今の基準で考えればアウトな製品なのですが、この当時はまだビデオゲームの著作権に対する法整備がゆるく、スペースインベーダーのブームで市場が混乱していたこともあり、非常にたくさんのコピーと模倣品が作られていました。
大ブームだった当時は、本家であるタイトーのスペースインベーダーが品不足になっていて、多少の違いはあっても1台でも多く店に設置して大量のお客を呼び込みたいという店側の需要もあったようです。
ちなみに、この時代に多くの模倣品やコピーが存在していましたが、まったくの無法地帯だったわけではなく、タイトーがコピーや模倣品に対して(後からでも)ライセンス契約を交わして正式な許諾品とする現実的な方策もとられていました。(IPMインベーダーや新日本企画、ロジテック製など)。その一方で、キャラクターや見た目などを変えてオリジナルですと言い張って許諾を受けずに販売するケースも多く、実際まったく違うプログラムで似たゲームを作っていると、どこまでが模倣なのか線引きが難しい面もありました。
そんな中で、限りなく原作を模倣しギリギリセーフのラインをはみ出して攻め続けていたメーカーがショウエイであり、その筆頭がスペースイントルーダーです。プログラムや基板の仕様は明らかにスペースインベーダーを元にしていますが、キャラクターもまったく同じではなく絶妙な作りです。カタカナ表示や筐体のデザインなどは、ほのぼのとしていて今見ると味があります。

ショウエイは、それまでにもフジエンタープライズやジャパンレジャーが販売していた製品の開発を行なっており、ブレイクアウト(ブロック崩し)や海外のゲームを独自の筐体に入れて販売するなど、かなりの技術力を持っていました。(ライセンス許諾されていたかは怪しいですが…。)
当時の広告を見ると和室に置くためのテーブル筐体など、かなりユニークな製品を開発しています。

この後もビデオゲームのブームに乗り、1979年のアミューズメントマシンショーには、「バクテリア」「フリッパー」「アメラグ」などの新作を発表しています。
「アメラグ」は、テーブル筐体にトラックボールを付加した独特の形をしており、全体としてはアタリフットボールの模倣品ではないかと思われます。さらには、「黒豹」というエレメカのガンゲームも発表しており、当時のトップメーカーに追いつくべく製品を投入しようという意志が感じられます。

しかしながら、その後だんだんとコピーや模倣などに対する取り締まりが厳しくなり、ショウエイは著作権侵害でユニバーサルなどから提訴され、業界から姿を消すことになります。
その後も基板やプログラムが同等のもの(デッドコピー)は、様々な業者によって作られていきますが、1980年に入ると、プログラムを流用した模倣品はあまり見られなくなります。もともと、ソフトウェアというものが周知されていなかった時代に登場したスペースインベーダーから、新しいゲームがプログラムだけで生み出されるようになり、著作物として認識されるまでに急速な進化があったことが伺えます。そういった時代を駆け抜けたショウエイを象徴する代表作が、「スペースイントルーダー」なのです。

さて、もう一方の「マリンウォーズ」ですが、こちらも1979年に発売された「ギャラクシーウォーズ」(1979年発売)の模倣品です。
「ギャラクシーウォーズ」は、スペースインベーダーブームの後にユニバーサルが開発したゲームで、スペースインベーダーのハードウェアをそのまま使用してプログラムだけを差し替えることで、別なゲームに仕立てています。店が大量に購入したスペースインベーダーを新作に置き換えることができるわけで、合理的な選択とも言えます。本家のタイトーもライセンスを受けて販売しており、それなりに知名度のあるゲームでした。

ゲームの基板(ハードウェア)に権利はないのかと思われるかもしれませんが、この時代の基板はICやCPUなども含めて汎用品で構成されており、ソフトウェア以上に模倣の線引きが難しい状況でした。また、業界全体がビデオゲームという新しい技術を共有して、進化を促すようなムードがあったという話も聞きます。
そのような背景がある「マリンウォーズ」ですが、本家「ギャラクシーウォーズ」の宇宙空間を大胆に改変して、海の中という設定にしています。自機のミサイルは魚雷に、UFОは戦艦に、そして隕石は魚になっています。色々と設定が苦しそうですが、これで別ゲームと主張するおおらかさ(適当さ)が今となっては良い感じです。

こういった模倣品は、当時であってもオリジナルに比べると見劣りするもので、多くの客にとっては「似て非なる物」と受け止められていました。今となっては、わざわざ残している人も少ないので希少ではあります。当時の様子を知る資料としても、こういった展示にも意味があるのではないかと思います。

先のショウエイとは異なり、豊栄産業はその後オリジナルタイトルを積極的に開発し、存在感のあるメーカーとして活躍していきます。(アミューズメント施設などを手掛けている豊永産業株式会社とは別なメーカーです)
アルファ電子とともに開発した「ジャンプバグ」(1981年にセガが発売)は、海外にも輸出されヒット作となり、オリジナリティの高い名作「ペンゴ」(1982年にセガが発売)も開発しています。(1982年に、コアランドテクノロジー株式会社と社名を変え多くのアーケードゲームを手掛けていましたが、1988年に発表した大型筐体の「サイバータンク」を最後に、株式会社バンダイの子会社となり、株式会社バンプレストへと移り変わっていきました。)

最後に、当日の最終的なハイスコアを掲載しておきます。
「マリンウォーズ」は、途中で停止するアクシデントなどがあり、完全に記録できていないのですが、17600点がハイスコアとなりました。
「スペースイントルーダー」は、スペースインベーダーのチャンピオンが来てプレイしてくれました。本家と違って名古屋撃ちなどの技が使用できないため、戦略も大きく変わってくるのですが、表示が崩れるバグ(?)の中で奮闘した結果、8120点というハイスコアを残していきました。さすがです!

ブースにお越し頂いた皆様、本当にありがとうございました。今後また機会があれば、展示を行なっていきたいと思います。

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ナイト「GAME ON」特別イベントでスペースインベーダーの話をしました

ゲームをテーマにした巡回展“GAME ON ~ゲームってなんでおもしろい?~”のトークイベント「スペースインベーダーはいかにして生まれたか」にモデレーターとして登壇させて頂きました。
このイベントは、スペースインベーダーをほぼ一人で作り上げた西角友宏氏、シューティングゲームのプレイで一世を風靡した高橋名人という豪華な出演者とともに行なわれました。
ゲームが展示されている会場内に多くの観客が集まり、笑いあり実演ありの内容で大いに盛り上がりました。当日の模様は、ファミ通.comさんでも紹介されています。

伝説のクリエイターが語るゲーム開発の真髄とは?
“ナイト「GAME ON」第一夜「スペースインベーダーはいかにして生まれたか」” リポート – ファミ通.com
http://www.famitsu.com/news/201605/17105900.html

「GAME ON」の会場でも大きく展示されていたスペースインベーダーですが、すでに40年近く前のゲームになっていて、当時の詳しい状況や経緯などを知る機会も少なくなっていると思います。そんな中、イベントや雑誌記事などても、事あるごとにスペースインベーダーとその時代に登場したゲームについて語ってきている私なのですが、こんな豪華な機会に恵まれたことは本当に光栄で嬉しいことです。
今回、スペースインベーダーについての「スゴイところ」と、それを作った西角氏がそれ以前に手がけた作品も含めて、ゲーム史に影響を与えた「スゴイところ」がいっぱいあるという話をさせて頂きました。
スペースインベーダーは、シューティングゲームの古典的名作として今でも多くの人に知られていると思いますが、現在では当たり前になりすぎた要素が多すぎて、何が画期的だったのか知る機会も少なくなっています。

特に、スペースインベーダー以前のシューティングゲームは、エレメカゲーム(ガンゲームや射的など)を手本にしており、「時間内に上手く標的を狙って点数を上げる」ことが当たり前でした。その常識を打ち破り、集団で襲いかかる敵を手軽に倒せる爽快感と、上達することによって長く遊べる深い戦略性を持っているということを、最初に取り上げました。
多くのメーカーが、それまでの定番となるジャンルのゲームを作っている中で、CPUの技術を活かした新しい発想のゲームを生み出し、世界中で大ヒットとなったことは大きな偉業と言えるでしょう。

イベントでは、スペースインベーダー以前にも多くのゲームを手がけ、日本の開発技術を牽引した西角氏の作品をいくつか紹介しました。ビデオゲーム以前のエレメカゲーム「スカイファイター」を始めとして、国内ではまだ技術が確立されていなかったビデオゲームの仕組みを独力で習得し、職人的な活躍で黎明期の傑作を数多く生み出しています。

その中でも、ビデオゲーム初期に人やゴールなどの形をいち早く表現した1974年の「バスケットボール」というゲームの実機を会場に持ち込んで紹介しました。今となっては、テレビ画面に自由な絵が出せるのは当たり前ですが、1974年当時は「ポン(PONG)」のボールやラケットのように単純な四角形で物体を表現していました。まだコンピューター(CPU)も一般的ではなく、TTLと呼ばれる集積回路を組み合わせてゲームの回路を作っていた時代です。

この回路を作ったのも、もちろん西角友宏氏です。西角氏と高橋名人の2人で対戦して頂くという、とても貴重な一幕もありました。

「バスケットボール」は、日本から海外にライセンスされた初のゲームとなりました。人の形を出したゲームとしては、世界初かもしれません。細かいところですが、ボールがちゃんと丸い形をしている点も、当時としては画期的なことだと思います。

西角氏は、この後も「スピードレース」「インターセプター」「ウエスタンガン」などの名作を手がけ、そのいずれも過去の常識やジャンルに縛られない自由な発想で作られています。
西角氏ご本人から、当時のエピソードや時代背景などをお聞きし、前例に縛られない発想や取り組みの結果、スペースインベーダーのような作品が生まれたのだと改めて感じることができました。
「GAME ON」は多くの来場者が訪れ、好評のうちに終了となりましたが、こうした歴史の経緯に触れるイベントが同時にできたことは、とても意義深いことだと思います。会場にお越し頂いた皆さん、本当にありがとうございました。また機会があれば、こうした講演や展示ができることを願っています。

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4月16・17日に開催されるイベント「レトロゲームアラカルト」

OBSLiveでは、4月16・17日に開催されるイベント「レトロゲームアラカルト」に協力・出演します。

名称:RETRO GAME À LA CARTE ( レトロゲームアラカルト )
日程:2016年4月16日・4月17日 (2日開催)
会場:静岡県沼津市コンベンション施設・プラサヴェルデ (JR沼津駅から徒歩3分)
   ※入場は無料です、カタログやグッズなどの物販を予定しています
   ※会場からのネット中継などの配信予定はありません

内容:レトロゲームに関する講演・展示・勉強会など
ゲスト:西角 友宏氏 (スペースインベーダー生みの親)
    赤木 真澄氏 (「それはポンから始まった」著者)
    高井 一美氏 (レトロアーケードの宝庫・高井商会)
    小野 浩氏 (Mr.ドットマン)
    岸本 好弘氏 (ファミスタの父)
    篠崎 雄一郎氏 (ドルアーガの塔シリーズのキャラクターデザイナー) ほか

公式ホームページ:http://retrogamealacarte.jp/

2日間に渡って、レトロゲームに関する講演・展示・勉強会などを行なうイベントで、SFコンベンションの「はるこん2016」と同時開催になります。
特別講演として、「スペースインベーダーの歴史的意味」、「赤木真澄氏から見たアミューズメント史」、「アーケード黎明期を語る座談会」などの貴重なセッションが予定されています。

以前から、様々なゲームの歴史や経緯について、何らかの形で残していければと考えていて、OBSLiveの企画「基板大好き」でも、そういった今では貴重なゲームについて取り上げ、紹介をしてきました。幸いなことに、最近になって古いアーケードゲームを設置して遊べる場所も増えてきており、「あそぶ!ゲーム展」「ゲームオン」など、ゲームの歴史や仕組みを解説し、実際に遊ぶことのできるイベントも開催されるようになってきました。

しかしながら、日本で作られた初期のゲーム、特に世界中でヒットしたアーケードゲームに繋がる歴史や経緯について、まだあまり知られていないのが実情だと思います。また、時間が経ったゲーム機や基板の保存も年々難しくなっているのが現状です。
今回、イベントという形でゲーム産業の礎を築いた方々にお話を伺い、ゲームについての歴史や経緯を記録として残すとともに、ゲームそのものを保存・維持するための情報を、多くの方々と共有できることを願っています。

ゲームの歴史は、ビデオゲームから語られることが多いですが、それ以前からエレメカ・ピンボールといったアーケードゲームが作られており、ビデオゲームが生まれる下地になっていたと思います。ゲストの西角友宏氏、赤木真澄氏など、ビデオゲーム以前の時代からゲーム産業に携わってきた方の話をお聞きすることで、時代が変わり形は変わっても、今なお人々を惹きつけているゲームという「遊び」について、より深く知るためのヒントとなるのではないかと考えています。

もちろん、そんな難しい話ばかりではなく、気軽に楽しめる企画や展示も用意されています。基本的に2日間の講演に重複はありません。気軽にお越し頂くにはちょっと離れた場所で大変かと思うのですが、興味のある方はぜひ腰を据えてがっつり来て頂けたら嬉しいです。
詳しい企画内容やタイムテーブルは、今後また発表していきたいと思います。

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